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再開記念特別企画 主な登場人物
沙希ちゃんの独り言 第122話
ときめきメモリアル Serial Story
沙希ちゃんフレンチを食べる
ブロロロローーーッ
TO BE CONTINUED...
あたしと葉澄ちゃんの乗った、晴海先生の運転する車は、夜の道を走っていたの。ちなみに、見晴ちゃん達は後ろのマスターの運転する4WDに乗ってるの。……どうして、こっちの車に乗らなかったのかな? やっぱり、飽きてるのかなぁ。
「晴海お姉さま、どこに行くんですかぁ?」
「まぁまぁ、それは行ってのお楽しみよん」
にこにこしながらハンドルを握る晴海先生。
前の信号が赤になって、車が停まる。と、先生はいきなり振り返った。
「ところで虹野さん」
「あ、はい」
「主人くんとはその後うまくいってる?」
「えっ、ええっ!?」
いきなり聞かれて、あたしはかぁっと赤くなった。
「べ、べつに何もないですよ」
「そうですよ、晴海お姉さま。沙希お姉さまは男なんかと何かあったりなんてことは絶対にありませんっ!」
葉澄ちゃんが何故か力説する。
「ふふーん。ま、それじゃそういうことにしておきましょ」
思わせぶりに笑うと、先生は前に向き直る。そして、鼻歌交じりにハンドルをコンコンと指で叩いてる。
「あの、先生……」
「ん? どうしたの?」
と、ちょうどそのとき、赤信号が青に変わったの。
「おっ。よし、それじゃ行くわよ」
ぐいっとアクセルを踏む先生。
ブロロロロロローーーッ
「きゃぁっ!」
あたしはシートに押しつけられた。体がぐいっとシートに沈む感じ。
「おっとっと」
キキキィィィッ
今度はいきなり右のドアに押しつけられる。
「せ、せんせ……」
「ありゃ。そこ邪魔っ!!」
キキキィィィッ
あうっ、忘れてた。晴海先生って、ハンドル握ると……
「ふっふっふっふ、何人たりともあたしの前は走らせないわよう〜」
性格変わるんだった……。
道理で、見晴ちゃん達がマスターの車に乗ったわけ……なのね。
「晴海お姉さま、ステキですぅ〜」
助手席の葉澄ちゃんはうっとりしてるし。はぁぁ……って、わきゃぁっ!
いきなり急ブレーキをかけられて、あたしは運転席の背もたれにそのまま衝突した。
キーッ
赤いRVが駐車場に滑り込んできて、スペースに停車した。
助手席のドアが開いて、舞さんが顔を出す。
「ごめんね、待ったかしら?」
「ええ、かれこれ10分くらいねぇ」
ミニクーパーに寄りかかっていた晴海先生は、体を起こして答えた。
見晴ちゃんが後の席から出てくると、きょろきょろ辺りを見回して、先生に尋ねる。
「晴海姉ぇ、虹野は?」
「お姉さまならここですぅ」
「……」
葉澄ちゃんは、かがみ込んでいるあたしの背中をさすりながら手を挙げた。
「あ〜、もう、お姉ちゃん!」
「いつも通りに運転しただけなんだけど……」
「それが問題なのっ!」
「ううっ、妹がみんな私を責めるぅ〜」
千晴ちゃん、美鈴ちゃんに言われて、ミニクーパーに寄りかかって泣き真似する晴海先生。
見晴ちゃんはため息混じりにあたしの前にかがみ込んだ。
「大丈夫、虹野? 生きてる?」
「う……ん……。なんとか……」
あたしは顔を上げて、大きく深呼吸した。
舞さんもかがみ込んで訊ねてくれた。
「御飯食べられそう? 本当に晴海にも困ったものね」
「大丈夫です。ずっと休んでたから……」
あたしは立ち上がった。あやや、まだくらっと……。
「あ、お姉さま、危ない」
葉澄ちゃんがよろめいたあたしを支えてくれる。……のはいいけど、胸を触るのは止めてほしいなぁ。
「さて、それじゃ入りましょうか」
「誤魔化すなぁっ! ちゃんと虹野先輩に謝りなさいっ!」
美鈴ちゃんに言われて、晴海先生はあたしにぺこりと頭を下げた。
「ごめんね〜、沙希ちゃん。このお詫びは今度体で払ってあげるからね〜」
「い、いえ、遠慮します」
あたしは、冷や汗をかきながらお断りした。
あたし達が晴海先生とマスターに連れてこられたのは、隣町のレストランだった。
「いらっしゃいませ〜。あれ、館林さん? それに、上岡さん」
ドアを開けると、ウェイトレスのお姉さんが晴海先生と舞さんを見て、声をかけた。
「やっほ〜。今日は妹たち連れてきたわよ」
「そうなんですか。あ、こちらへどうぞ」
そのお姉さんに案内されて、あたしたちは店の奥のテーブル席についたの。
へぇ〜、結構シックなお店。
あたし達がお店の中を見回してると、ウェイトレスのお姉さんがやってきた。
「それで、今日は何にします?」
「いつも通りでいいわよ」
「そうですか。それじゃお任せコースってことですね。ワインは?」
「私だけ」
舞さんがにっこり笑って答えると、晴海先生とマスターが思いっきり不満そうな顔をする。
「ええーっ!?」
「舞ちゃん、俺はなしなのかっ?」
「もう。2人とも運転手でしょ? 帰りはどうするのよ、帰りは」
「はぁ……。まぁ、今日はしょうがないな」
苦笑混じりに諦めるマスター。でも晴海先生はごねてる。
「あ、それじゃ帰りは舞が運転してよ。ってわけで、あたしにワイン〜」
「ダメです」
あっさりと首を振る舞さん。
「……うーっ、けちぃ。しくしく、いいもんいいもん、ぐれてやるぅ」
いじけて机にのの字を書く晴海先生。でも、あたし達はともかくウェイトレスのお姉さんも、慣れてるみたいでさりげなく無視してる。
「それじゃ、ワインは上岡さんだけですね。それじゃしばらくお待ちください」
ウェイトレスのお姉さんが戻っていくのを見送ってから、あたしは舞さんに尋ねたの。
「ところで、ここって何のお店なんですか?」
「あら、晴海に聞いてなかったの? ここはね……」
舞さんはメニューを開いて見せてくれた。
……これって、フランス語? それじゃ、ここって……。
「フランス料理のお店、なんですかっ!?」
思わず声を上げて、あたしはあわてて自分の口を塞いだ。
舞さんが笑顔で言う。
「本物に触れるっていうのも、必要なことだからね」
「で、でも、あたしこんな格好で……」
あたしは自分の格好を見下ろした。一応、食事に行くってことだからそれなりの服は着てきたけど、でもフランス料理って格好じゃないような……。
「料理を食べるときに必要なモノは、舌と胃袋だけでいい。それがうちのシェフの持論だから、別に格好なんてこだわらなくてもいいんですよ」
「えっ!?」
振り返ると、ワゴンを押してきたウェイトレスのお姉さんが、笑顔で立っていた。
「オードブルでーす」
お姉さんがそう言いながら、、テーブルの上にお皿が並べられる。
皿を並べ終わってから、お姉さんはにこっと笑って言ったの。
「別に食べ方のマナーも気にしないでいいのよ。マナーを気にして味がわかんない、なんてことになったら、そんなのもったいないでしょ? って、偉そ〜ね〜、あたしったら。あっはっは〜」
「ちょっと、地が出てるわよ」
舞さんが笑いながら言うと、お姉さんは、はっと口に手を当てた。
「あらやだ。ま、これもうちのシェフの受け売りなんだけどね〜」
「そ、そうなんですか?」
「それじゃ、ごゆっくり〜」
そう言って、お姉さんは戻っていく。
思わずそれを見送ってると、晴海先生がフレッシュジュース(ワインの代わりなんだって)のグラスを片手にして言ったの。
「相変わらずね〜、あの子」
「そうね……」
舞さんも笑ってる。やっぱり知り合いなんだ。
そう思いながら、あたしは前菜を口に運んだ。
うん、やっぱり、美味しい。
メインディッシュの鴨のテリーヌを食べていると、コックコートを着たおじさんがやってきたの。
「初めまして。シェフの槙原です。いかがですか?」
「とっても美味しいです」
「ふん、ふぉっふぇふぉ〜」
……見晴ちゃん、口に頬張ったまましゃべらない方がいいと思うんだけどな〜。
あ、そうだ。
あたしは、フォークを置いて、槙原さんに聞いてみた。
「あの、ちょっといいでしょうか?」
「なんでしょう? 何かまずいところでもありましたか?」
「あ、そうじゃないです。料理はとっても美味しいんです。そうじゃなくて、あの、あたし、家でもよく料理するんですけど、料理でお金を取るっていうのはどういう感じなのかなって……」
「そうだねぇ……」
槙原さんは少し考えて、答えてくれたの。
「月並みかもしれないけど、プロとして恥ずかしくない料理を出す、ってだけだね。プロである以上、失敗は許されない。それは最低の義務だって思ってるよ」
「……厳しいんですね」
「まぁね。お客さんからお金を取る以上、それが当然だと思ってるよ」
そう言って微笑む槙原さん。なんていうか、すごく格好良かった。
それから3時間。
楽しかった食事も終わり、あたしと葉澄ちゃん、そして千晴ちゃんの3人は、マスターの運転するRVの後に乗って、きらめき市に向かっていたの。ちなみに、見晴ちゃんと美鈴ちゃんは、晴海先生のミニクーパー。
「美味しかったですね、お姉さま。……お姉さま?」
「えっ? あ、なに、葉澄ちゃん?」
葉澄ちゃんに肩をつつかれて、あたしははっと我に返ったの。
「どうしたんですか、ぼーっとしちゃって」
「あ、ううん。とっても美味しかったから……」
「そうですよね。あの鴨の照り焼きなんてもう!」
「鴨のテリーヌですよ、葉澄先輩」
「あれ、そうだっけ?」
千晴ちゃんと葉澄ちゃんの会話を聞き流しながら、あたしはほっぺたに手を当てて考え込んでいた。
あれは、いつだったかな。……そう、確か、文化祭であたしが料理の鉄人を引き受けるかどうかで悩んでたときだった。未緒ちゃんがあたしに言ってくれたことがあったんだよね。
「確かに、好きな人に、自分の作った料理を食べてもらって幸せになってもらいたい。それって素晴らしいことだと思います。でも、その沙希さんの言う「好きな人」は、ごく限られた、例えば自分の家族とか親しい友人とかその程度でしょう?」
「え?」
「もっと大勢に、幸せになってもらいたいって思ったことはないですか?」
そして、今日のお料理……。
料理が、人を幸せに出来るのなら……。
あたしの出来ることって……。
キーッ
あたしのマンションの駐車場にRVが停まり、あたしは飛び降りてぺこりと頭を下げた。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様。今度は『Mute』に遊びに来てね」
助手席の舞さんが笑顔で言うと、後の席の窓を開けて、葉澄ちゃんが身を乗り出してハンカチを振り始めた。
「それじゃお姉さま〜、お名残惜しいけど今夜はさようならですぅ〜。また明日お会いしましょ〜ね〜っ!」
「あは、あはは……」
「ほら、葉澄先輩。恥ずかしいからやめてくださいっ!」
あわてて千晴ちゃんが葉澄ちゃんを引っ張り込んで、RVが発車していった。
それを見送っていたあたしの鼻の先に、不意に冷たいモノが落ちてきた。
「ひゃんっ!」
思わず飛び上がって空を見上げると、駐車場の灯りに照らされて、白いモノが無数に落ちてくる。
「……雪?」
手のひらを広げてみると、白いモノが手のひらに落ちて、すぅっと消えた。
寒いと思った。
……えっと、何か忘れてるような……。
ああっ!!
あたしはその場で飛び上がると、あわててマンションに飛び込んだ。
小雪の舞う中、自転車を止めると、あたしは神社の境内に駆け込んだ。
まだいるかな? もう帰っちゃったかな?
拝殿の角を曲がる。
ドシン
「きゃっ!」
「わっ!」
曲がったところで正面衝突。そのまま尻餅をつくあたし。
「あいたたた」
腰をさすってると、頭の上から声がしたの。
「虹野さん?」
「あ、主人くん!」
顔を上げると、やっぱり主人くんだった。肩からバッグを提げてるってことは、帰るところだったんだ。
「ごめん、大丈夫?」
そう言いながら、あたしを引っ張り起こしてくれる主人くん。
「う、うん。大丈夫」
ちょっと腰が痛かったけど。
「それより、ごめんね。今日お弁当持ってこられなくて」
「いや、いいって。……あれ? でも、それは?」
あたしの腰にかけていた魔法瓶をめざとく見つけてくれる主人くん。
「あ、うん。とりあえず寒いだろうなって思って。スープだよ」
「おー、助かるよ。こう寒いとね〜」
苦笑すると、主人くんはあたしの肩にかかってる雪をぱっぱっと払ってくれた。
あたし達は、拝殿に並んで腰掛けた。
あたしが魔法瓶からスープをコップに移すと、湯気がもわっと上がった。それを主人くんに手渡す。
「はい。熱いから気を付けてね」
「ありがとう」
受け取って、一口飲む主人くん。
「コーンクリームスープか。うん、美味いや」
「ありがと」
あたしは笑顔で答えてから、夜空を見上げた。
「……ねぇ、主人くん」
「何?」
「……ふふっ、なんでもないっ!」
あたしは、ぴょんと地面に飛び降りて、振り返った。
「とにかく、頑張ろっ! ねっ!」
「……」
きょとんとしてた主人くんだけど、にこっと笑って頷いてくれたの。
「ああ、頑張ろうな」
あとがき
というわけで、さくら支店80Kヒット記念として、「沙希ちゃんの独り言」の公開停止処分を解除します。
あくまでも解除です。この後量産するとは言ってません。ええ、そんな自爆をするわけないじゃないですか(笑)
さて……。ええと、手持ちの記録では121話の公開が99年4月だったから……。なんだ、まだ止めてから1年たってなかったんだ(笑)
とはいえ、既に時代はときメモ2なのに、今更、という気もしないでもないですが、とりあえず公開します。
沙希ちゃんの独り言 第122話 00/2/20 Up